愛情と必要

うつ病を治す方法として一つ勉強しました。うつ病になっている「自分が必要とされている」という手ごたえがあれば、どんどん元気になるのです。うつ病そのものは昔からあったようですが、最近になって都会的無関心から生じた部分も大きく考えようによっては現代病かもしれません。うつ病患者であっても、必要とされていると思える環境を作ることが出来れば、立ち直ることもできるのではないか思える部分もあります。難しいことかもしれませんがうつ病だと思う人は「世の中が自分に何もしてくれない」「いいことが何もない」「悲しくてつらいことばかりが待っている」という受け身の態度が改まるといいのでしょうが。具体的には近所の掃除をすることでも良いと思いますが。でも近所の掃除さえ難しいうつ病の方もいるのでしょうね。うつ病の患者さんに小さな鉢植えでもいいから買ってきて愛情を込めて育てる、鑑賞用の魚を買ってきて育てるなどはいかがなものでしょうか。うつ病で人間関係がうまくいかない場合には動物や植物を必要以上に愛すると言われているそうですが。

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我慢・逃げる・戦うそして無になる

うつ病になっていない人でも「不愉快なこと」「悲しいこと」「悔しいこと」「つらいこと」「悩み」「苦しいこと」はあります。うつ病になっていない人が不愉快なことにぶつかったときの解決方法として3つあります。1つは「辛抱」「忍耐」「我慢」と言われるものです。2つめは「逃げること」です。3つめは「戦う」ことですね。うつ病でない人は不愉快な問題を解決するために普通はこの3つのどれかを選んでいるのですね。実は4つ目があるのです。これは非常に難しいことですし、普通の人ではなかなか実行することがないでしょうが「無」にする方法です。決して「不愉快なこと」が起きた場合に「無視」をするというものではありません。「不愉快なこと」「悲しいこと」が起きても泰然として受け止められる人にだけできることだと思っています。たとえば最愛の人が亡くなった場合には「悲しいこと」が起こったはずです。きっと号泣をされると思います。しかし悲しい時には悲しみ、泣きたいときには泣けばいいのだという考え方ですね。「無」にするために「無理」をすることも必要ありません。ありのままに受け入れてありのままに行動するのです。

無理・無駄・ムラ

ものごとに執着するから病気になりやすいのではないでしょうか。全てを受け入れるのです。執着する必要はありません。目の前で起こっていることを淡々と処理していけば自然に健康的な生活を営むことが出来るように自然は作られているはずです。農耕によって食料を貯蓄することが出来るようになってから人間の生活は大きく変わってきたと思っています。さらに文明が進んで神との交流がどんどん薄くなっていったのではないでしょうか。神と書くと拒否反応をおこされる人もいるかもしれませんが、少なくとも自然との接点は非常に少なくなっていると言えるのではないでしょうか。冬にスイカを食べることができるような時代が本当に幸せなのでしょうか。私には季節を無視した食生活にはどこかに無理があると思っています。特に価格的には我が家の家計では無理をしています。本来人間のもつ力を信じて、周りの人と協力して生活することが出来れば相当病気はへるのではないかと思いますね。うつ病においても同様です。何かの無理がたたってうつ病になったはずです。「無理」「無駄」「ムラ」のない生活を目指してください。

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Copyright © 2008 うつ病 「無」になればうつ病が治る